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2005/07/11

さらば破壊王、橋本真也選手急死。

プロレスラー橋本真也さん急死

プロレスラーの橋本真也さんが
11日午前、横浜市南区の
横浜市立大付属市民総合医療センターで
亡くなった。40歳だった。
心肺停止状態で救急車で搬送されたが、
間もなく死亡が確認されたという。
死因は脳内出血とみられる。
(nikkansports.com)

さらば、破壊王。Y!のトピックスから発見!
突然の出来事で驚いてしまいました。
まさか、破壊王が、橋本真也が....。
昨年、ZERO-ONEが活動停止し、
橋本選手本人も右肩靭帯の接合手術を行い、
復帰に向けて、リハビリをしているとばかり
思っていたので、突然のこの訃報
正直、言葉がありませんでしたね。

1984年4月に新日本プロレス入門、同年9月にデビュー。
同期の蝶野正洋・武藤敬司とともに『闘魂三銃士』を結成。
「時が来た!」の名言とともに
一躍、スターダムにのし上がり、一時代を作りました。
すさまじいキックや直下落下式DDTが得意技。
1993年9月、1994年5月にIWGPヘビー級王座を獲得。
1998年にはG1クライマックスを制覇するなど
強さを発揮し、そのパワーから
『破壊王』と呼ばれていました。
2000年4月7日の東京ドームにおける
「負けたら即引退マッチ」小川直也戦に敗れて
一度引退しましたが、ファンの復帰嘆願を受けて撤回。
翌年3月、「破壊なくして創造なし」のモットーのもと
『プロレスリング・ZERO-ONE』を設立しました。
その後、ノア全日本のマットにも上がり
三冠ヘビー級王座も獲得したりもしました。
さらに因縁の小川直也「OH砲」を結成。
オレごと刈れ刈龍怒(かりゅうど)などの合体技を披露して
ZERO-ONEマットを支えていきました。
その後は『ハッスル』に参戦。
「ハッスル・キング」として、キャプテン小川
高田総統らとともに、新たな世界を作りました。

テーマ曲の『爆勝宣言』
プロレステーマの中でも屈指の名曲。
自分もとても好きでしたね。
団体が活動停止になるなど、
厳しいこともありましたが、
好きな選手だっただけに、40歳という
早すぎる死はとても残念です。

武藤敬司のように天才ではなく、
蝶野正洋のように頭脳派でもない。
ただ不器用ながらも、自らが目指す道を突き進み、
しっかりファンの心を掴んだ橋本選手
いろいろなことが後日分かるかも知れませんが、
(死因は脳内出血ではなく、脳幹出血だった。)
今は安らかに休んで、天国で大いに
破壊王プロレスをやってほしいです。
ご冥福をお祈り致します。




コメント

およよ

私もYahooトピックス見てビックリしました!
20代前半までプロレスにどっぷりハマってたので
新日「闘魂三銃士」時代、良く観に行ってました。
蝶野とのIWGP決定戦、、、

無骨で不器用な男、自らを信じ、自らの為に
戦って、、涙。
今だ40歳とか・・・残念。
ご冥福をお祈りをします。
ショックです・・

Toshikichi

>およよさん
コメントありがとうございました。
ホント驚きましたね。まだ40歳ですからね。
プロレス界でもまだまだやらなくては
いけないことが多かったのに...。

橋本選手、ほんと不器用な選手でした。
つまずいて、涙して、また前へ進む....。
そんなレスラー人生だったと思います。
他のブログでもかなり取り上げられていました。
そんな橋本選手の死、本当に哀しいです。
ご冥福を祈りましょう。

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