落合監督 「強さ」から「勝つ」へ
2年契約、1億5000万円で合意
落合監督がこの日、白井オーナーに
シーズン終了の報告を行い、
その場で正式に続投要請を受け、快諾しました。
またベテランの落合英二と奈良原が
今季限りでの現役引退を表明しました。
それぞれの会見のコメントからどうぞ。
◆落合監督
<正式に続投要請を受け、快諾。
勝てるチームへの脱皮を最大の課題に挙げ>
「来季も指揮を執ってくださいと言われ、
分かりましたと即答しました。
チームは3年間で強くはなったけど、
日本シリーズは、ああいう形で負けてしまった。
強いチームが勝つのではなく、勝った者が強い。
勝負の世界の格言じゃないけど、
そういうチームをつくらないといけない」
<来季からプレーオフ制も導入されるが>
「日本シリーズは終わるけど、
ペナントを勝たないとどうしようもない。
日本シリーズそのものが
なくなるんじゃないか、プロ球界から。
(日本一から)52年遠ざかった。それで一区切り。
とりあえずはセ・リーグの
ペナントを勝つことが第一目標。
1位通過とかそういうことは考えてない」
<その先にさらに戦いがあるわけだが>
「ペナントはペナント、その先はその先。
まるっきりの冠大会だろ。
よそはどう考えてるかわからないけど、
通過とかじゃなく別。分けて考えないといけないんだ。
日本一はもうない。
その辺は人それぞれの考えだけど。
オレはそういう考えだ。
極端なことをいえば、
(勝率)5割に満たない3位同士で戦うこともある。
(プレーオフの)名称も決まってない。
そこでどうなるかなんて、わからん」
<プレーオフについては考え方が違う>
「だったら(3、5試合ではなく)5試合、7試合、
(日本シリーズも)7試合やる方が収益もあがる。
みみっちいことを言わずに。
やるんであれば、そっちの方が盛り上がる。
それが一番いい方法かは別にしてな」
<メンバーも入れ替わるということだが?>
「あくまでも契約社会。
契約にのっとっていくだけの話。
十何人戦力外通告されたけど、3年間必要だったけど、
来年からのチームづくりに必要か、必要でないのか。
そのうちの何人かは
ほかのチームのユニホームを着るだけの力はある。
でもウチでの役目は終わったということ」
<コーチも?>
「一緒。(各コーチの契約期間だった)
3年間の役割は終わった。
ウチの最重要課題は内野手のレベルアップにある。
ウチでは外野手じゃなく、内野と捕手。
だから内野コーチが多くなるし、
(コーチを)削っていくところもでてくる。
30人も40人もコーチを抱えて、
選手も100人、200人いていいのなら
こんなことしなくていいけど、数に限りがある」
<白井オーナーから
『ナゴヤドーム満員指令』を受け>
「勝つことと、満員にすることは別じゃない。
オレの考えは古いかもしれないが、
勝てば(客は)来る。負ければ来ない。
毎日負けている球団が
何かくれるからって球場にいくか?
(野球場は)何を言っても怒られない、
一番ストレスが発散できる場所なんだから。
仕事でストレスをためて、応援するチームが負ければ
もっとストレスがたまるだろ。
オレなら負けてる試合は観にいかない。疲れるだけだ」
<身の引き締まる思い?>
「勝負事は勝たなきゃダメ。
引き締まるも引き締まらないも、大前提はそこ。
今年はうれしい思いの半面、
寂しい思いもさせただろうから、そこだけは...」
<1日8時間練習を宣言しているという
地獄の秋季練習を早くも予告>
「まあ、(秋季練習を)見てりゃ分かるよ。
(選手から)勘弁してくれってなるのか…。
選手がつぶれるか、マシンがつぶれるか。
競争すればいいよ。今まで以上の
練習になるんじゃない? 質量ともにね。
みんな(報道陣)も毎日来るなら大変だぜ。
寒いとこ、ジーッと見るのかな。
始まってみないと分からない。
メンバーもある程度、代えていかないと
いけないのかもしれない。
選手も監督、コーチも裏方も、
この3年間で一区切りついた。
下地は3年間でできたけど、
もう一つ別のことを考えて野球をしなくちゃいけない。
オーナー、社長以下、選手も選手の家族にも
寂しい思いをさせちゃいけないんだ」
(中スポ、東京中日、サンスポ、スポーツ報知、
共同通信社、スポニチ名古屋、名古屋ニッカン1、2)
◆白井オーナー
<落合監督に続投要請。
柔和な表情を浮かべ、会見に臨む>
「監督には『来季も頼む』と言ったら
『わかりました』という返事をもらった。
2年契約を申し入れ、了承してもらった」
<会談では来季以降のチーム作りや
組閣についての説明を受ける>
「(コーチの契約については3年契約の)
満了で、来季以降の契約を結ばないというだけで、
クビとかいう意味ではないと言っていた。
来季については、強いチームではなく、
勝てるチームをつくりたいという話があった」
チーム方針の概略の説明はあった。
(補強は)問題があれば検討する。
球団の方が考えるでしょう」
<監督に『優勝プラス満員』」のノルマを課す>
「とにかく勝って(なおかつ)
(ナゴヤ)ドームを満員にするような試合を
してほしいと言いました」
(東京中日、スポーツ報知、共同通信社、
スポニチ名古屋、名古屋ニッカン)
来季以降の続投を要請され、
2年契約に合意。
年俸は5000万円アップの
1億5000万円、
プラス変動制出来高
(最高5000万)となった落合監督。
オーナー報告後の記者会見では、
新たなテーマとして強いチームから
『勝てるチーム』へのチーム作りを掲げ、
来季はシステムが変わる日本一ではなく、
チーム史上初となるリーグ連覇を、
第一目標に立てました。
そのためにはチーム内の変革も必要。
このところの戦力外通告やコーチ退団。
そして辻発彦氏、田村藤夫氏の招へいや
川相、奈良原らのコーチ要請についても
その一環ということを強調しました。
新たな2年間での重要課題として
落合監督があげたのが、内野手と捕手の強化。
荒木、井端、立浪、ウッズ、渡邉ら
平均年齢が高くなってくる内野のレギュラー陣。
そして正捕手・谷繁の後を継ぐ捕手の養成。
いつか訪れる世代交代を円滑に行えるような
戦力の増強が必要となってきます。
しかし現実的には、レギュラーと控えの差が
かなり大きいドラゴンズ。
常勝チームを作るためには
その辺りも課題としてあがるでしょう。
そのためには、このチームは練習第一。
11月4日からナゴヤ球場で行われる
秋季キャンプでは、鬼のような猛練習を予告。
森岡、中川、鎌田、澤井、新井、柳田などの内野手、
小山、前田などの捕手が鍛え込まれるのしょう。
日本一をあえて捨てて、
勝てるチームでのリーグ連覇を目指す落合監督。
地獄の秋季キャンプで幕を明ける4年目、
新たな挑戦に注目していきたいと思います。
ナゴヤからの話題。(30日)
数日前から取り上げられてきた
セットアッパー・落合英二の引退。
この日、正式に球団事務所で現役引退を表明。
記者会見では時折、涙で言葉が詰まりながらと
なりましたが、悩んだ末に選んだ結論。
15年間の選手生活に悔いはないと語りました。
それでは引退会見でのコメントと
東京中日の記事にあった直筆のメッセージを。
◆落合英二
<現役引退を発表、以下一問一答。
引退を決めた今の心境は>
「1カ月間、右肩と相談しながらやってきましたが、
野球をやれないという決断をした。
1カ月悩んだが、今でもまだピンと来ません」
<引退を決めた理由は>
「日本シリーズ期間中、
ナゴヤ球場で投球練習をしている時に、
右肩を痛めました。
翌日には投げられない状況で、
今もキャッチボールもできない状況です。
肩さえなんともなければ絶対に
(現役を)やるつもりで練習してきましたが、
このままでは、1年間フルにできるかというと、
できないという気持ちが上回った。
1年間できないのであれば、
やるべきではないと思って(決断しました)」
<中日に対する気持ちは>
「ドラゴンズのままでユニホームを脱ぎたかった。
15年前、右ひじを骨折して、
どこもとってくれない状態でとってもらって、
投げられないのに指名してくれ、
投げられるまで待ってくれた球団に感謝しています。
今でも感謝しているし、大好きです。
ただ15年間ケガとの闘いばかりで、
数年しか貢献しなかったという思いはあります。
いずれこの球団に恩返ししたい」
<一番の思い出は>
「初登板(93年7月28日・横浜戦)です。
ナゴヤ球場で、8回まで山本昌さんが
大量リードで投げていて、
ぼくに勝ちゲームで初登板させようと
いうことで投げさせてもらいました。
7球連続してボールになって、
最初のストライクは置きにいった
135キロのまっすぐでした。
次もボールだったら、
ぼくの野球人生も変わっていたかな。
なんとか併殺で打ち取って、抑えることができた。
今でも鮮明に覚えています。
500試合登板という目標に向かってやったが、
37試合足りなかった。
それでも十分に投げたと思う」
<中継ぎについては>
「ぼくが投げ始めたころは、
中継ぎは先発や抑えができないピッチャー
というイメージがありました。
少しは変えることができたかなと思います。
98年の春のキャンプで、当時の星野監督から
『またひじが壊れるのが怖いのか。
壊れたら壊れたでこの世界を去るしかないだろう。
壊れてもいいから投げろ』と言われ、
中継ぎという仕事をもらった。
この言葉は今も忘れられない。
そのまま中継ぎで終わることができて
幸せに思います」
<周囲からは何と>
「周りからはまだできるという声をいただきました。
肩の痛みは自分にしかわからない。
1年を通して投げることはもうできない。
この厳しい世界では生き残れないと思って
最後は自分で決めました」
<家族には何と>
「嫁は自分よりも現役に対し
未練があるようでしたが、
今朝はちゃんと見送ってくれました。
子どもには説明しましたが、
まだ小さいのでちんぷんかんぷんな
答えが返ってきますね。
自分ではこのままやれると思っていなかったので、
ファンの方には終わりのあいさつを
いずれきちっとしたいです」
(中スポ、東京中日、共同通信社、
スポニチ名古屋、名古屋ニッカン)
『ファンの皆様へ
ドラゴンズに入団して15年間、
怪我ばかり繰り返していた自分を
励ましそして見守っていてくれた
ファンの皆様には感謝の気持ちで一杯です。
ブルペンからマウンドに上がるまで
恐怖心との闘いでした。
それでも「ピッチャー落合」のコールで
ファンの方から送られる声援と拍手は
その恐怖心を打ち消してくれました。
勇気をもらっていたんです。
もちろん自分には胸を張って自慢できる
チームメイトがいました。
リーグ優勝したときに26番のボードを
上げてくれるような裏方さん達がいました。
そんな素晴らしい仲間と
野球ができたことを誇りに思います。
そしてこの仲間に出会えた名古屋に感謝します。
みんながいたから今の自分がいます。
実はナゴヤドームの最終戦に登板させて頂く
舞台を用意してもらってました。
しかしその時は現役に対する炎が
消えてなかったのです。
夢を失うよりも自分を信じてあげられない方が
辛いと思って練習していました。
自分の身体と自問自答しながらの毎日でした。
今となっては間違った馬鹿な決断だったと
思われる方がほとんどでしょう。
でも挑戦した一ヶ月はこの気持ちのままで、
野球をやめると一生後悔すると思ったからです。
しかし自分の右肩は正直に答えてくれました。
だから今は全く悔いはありません。
中日ドラゴンズという素晴らしいチームで
野球ができたことを胸に刻み歩いていこうと思います。
いずれドラゴンズで恩返しできる時が
来ると信じています。
その時まで勉強しながらファンの皆様と
同じ目線で一緒に応援していきたいと思ってます。
15年間、本当にありがとうございました。』
(東京中日、10月31日紙面より)
現役続行に意欲を示し、
シリーズ期間中に、右肩を痛めたそうで、
最後は苦悩の1カ月間だったようですね。
ただ右肩はもう限界を超え、動かない。
入団時からケガと闘ってきた英二らしい最期。
悔しい部分もあるでしょうが、
周囲にはまだやれると惜しまれての引退。
これで良かったのではないかと思います。
来季からは、指導者を目指すべく
かつネット裏からファンと同じ目線で
一緒に応援して野球を勉強するという英二。
人望も技術も経験もあります。
いつか立派な指導者として、
ドラゴンズに再び貢献してほしいと思います。
本当に15年間、おつかれさまでした。
そして、ありがとうございました。
◆奈良原浩
<現役引退を球団に申し入れ、了承される>
「短い間でしたが、中日に移り、
リーグ優勝もすることができて、
日本シリーズにも出場もした。
ただ、今季途中から本来の
自分のスピードが出せなくなった。
自分の体に追い込みもかけられなくなった。
1軍のレベル(を維持すること)は
厳しいと感じ、決断しました」
<球団からは来季の2軍内野守備コーチを打診され>
「光栄な話をいただけて、ありがたいですが、
まだ辞めたばかりですので何も考えていません。
突然だったんで、急に返事はできなかったのですが、
将来的に指導者もやってみたいと思っていた。
チャンスだとは、思ってます。
引退後に何をやると決まっているわけでもないし。
前向きには考えたい」
(東京中日、スポニチ名古屋、名古屋ニッカン)
またこの日、プロ16年目のベテラン・
奈良原も今季限りの引退を発表。
球団から来季の2軍の
内野守備走塁コーチ就任を要請されました。
西武?日本ハム?中日と渡り歩いた16年間での
通算成績は1508試合に出場、
打率.237、13本塁打、212打点。
(中日では37試合、打率.194、0本塁打、1打点)
春に痛めたふくらはぎの肉離れが
影響したそうで、往年のスピードが出ず、
限界を感じ、引退を決意したそうですが、
そのような様子は少しも見せず
ドラゴンズでは、わずかな期間でしたが、
堅実な守備と確かな走塁を見せてもらいました。
落合監督には、ナゴヤに帰ってきたその日に
決意を打ち明けたという奈良原選手。
おつかれさまと言うと同時に、
これからもよろしくお願いします。
若竜からの話題。(30日)
◆小林正人
<31日から始まる1軍若手練習を1日前に、
室内練習場でネット投球をし、汗を流す>
「休みですけど、あした(31日)から
練習があるんで体を動かしに来ました」
(東京中日)
◆樋口龍美
<球団初の自由枠獲得選手も
故障に泣かされ2年、決意の背水表明>
「2年間、焦りは消えなかった…。
来年結果残せなかったら終わりだと分かっている。
秋季練習からできるだけブルペン入って
アピールしようと思っている。
過去の自分とか、理想の投球とか
言ってる場合じゃない。
1日1日、最大限の投球を続けるだけ」
(中スポ)
◆春田剛
<秋から来春に向け、ウエートアップを宣言>
「5キロ落とした後に、トレーニングで
筋肉をつけて元に戻したいんです。
マッチョにはなりたくないけど、
筋肉質の体にしたいんです。
右へ引っ張るだけでなく左にも打てるようにしたい。
ウエスタンなら、来年打率3割10本打ちたいです」
(中スポ)
◆川岸強
<11月の12球団トライアウトを受けることを決意>
「もし駄目でもケジメをつける意味で登板します」
(東京中日)
11月4日からの秋季キャンプを前に
現在秋季練習中の若竜たちのコメントを。
特に正念場を迎える樋口が気になります。
腰に不安をかかえ、状態的には手探りのようですが、
年齢的にも30歳を迎えています。
本人もそれを承知で、来季はアピールをかけるようです、
勝負の3年目を良い状態で迎えるためにも
良いキャンプを過ごしてもらいたいですね。
日本シリーズを観戦に
また今季限りでの
終わってしまいましたね。
ついに追い込まれて
初回に先制して、
接戦となった
大事な第1戦、
決戦前日の
5人の投手を含む、


