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2007年11月14日 (水)

落合監督正力賞受賞と若竜秋季練習本格スタート。

落合監督、正力賞 稲尾氏から最後の贈り物

その年のプロ野球発展に貢献した
選手や監督に贈られるという『正力松太郎賞』
その選考委員会がこの日開かれ、ドラゴンズ
53年ぶりの日本一に導いた落合監督が選ばれました。
強い信念をもってチームを率い、
日本一、アジア一を掴んだ手腕が高く評価されての初受賞
しかしその正力賞の選考委員の1人で、
監督の恩師でもあった稲尾和久氏が、この日未明に急逝
会見での受賞の喜びとは裏腹に、胸中は複雑だったようです。


◇落合監督
<チームを53年ぶりの日本一に導いた手腕を
評価され、今季の『正力松太郎賞』に選出される。
以下一問一答。受賞の感想は>
「率直にうれしい。
そうそうもらえる賞じゃない。
25年前(82年)に『どうもオマエだ』と
ウワサに上がったことはあるが…」

<当時の記憶は>
「どこだったか練習しているときだった。
(ロッテで)史上最年少の三冠王を取って、
担当記者は全員そうだろうっていっていた。
ところが受賞は広岡(達朗)さん(当時西武監督)。
担当記者は(広岡さんのところに)
だれもいなかったと後々に聞いた」

<受賞できず、残念な思いはあったのか>
「外れてオレじゃないんだなって。
(その時は)次には取れるようにと思ったけど、
三冠王を2年連続取っても選ばれなかったし、
一生縁がないなって気がしてたよ。
もう1回三冠王になれば取れたのかもしれないが
残念ながらとれなかったからね。
受賞が決まり、女房と『25年かかったね』と話をしました」

<正力賞への思いは>
「この世界で生きていると、
数字のタイトルを追っかけて人より一番上にいけばもらえる。
でも沢村賞もそうだけど、人が選んでくれる賞は、
われわれにはどうすることもできない。
選んでくれる賞にはまた別の重みがある。
野球界に尽力した方がもらう賞。感慨深いものはある」

<勝負にこだわった采配が受賞理由の一つ>
「チームで動くわけで、私というより、
選手が野球をやって勝ってご褒美にいただいたと思っている。
個人でもらうのと監督としてもらうのは意味合いが違う。
選手ならびに、スタッフにはありがとうと言いたい」

<選考委員会では『野球観』も評価された>
「川上(委員長)さんには就任するときに
『オマエがどういう野球をやるのか楽しみに見ている』と言われた。
でも『好きなようにやれ』とも。
練習しなきゃうまくならない。
昔のスタイルに戻すのが一番だと思った。
ウエートトレーニングとかやっているけど、
野球の体力は野球の実技(練習)で作るのが一番。
昔の野球、原点から見直すことで始まった、この4年だった。
(そういうスタイルだから)
年配の野球界の方は楽しみにしてくれているようだ」

<それが結果に>
「結果を残し、間違いではなかったと思う。
それと勝つことは別ものだけど、
4年間トータルでもらったのかな。
日本一ということじゃなくてね。
自分では一番簡単な野球をやってきたと思っているが」


(ひな壇から降りて)

<奇しくもこの日、正力賞の選考委員で、
現役時代の恩師にあたる稲尾和久氏が急逝。
『稲尾君がいても、推薦したと思う』という
川上委員長の話を伝え聞くと、しばし絶句>
「稲尾さんも委員だったのか…。
何か変な日ですね、今日は…」

<恩師の訃報に触れたのは昼すぎだった>
「『エッ、ウソ』と思った。
具合が悪いのも聞いていなくて。
最後に会ったのがいつだったか、記憶がないんです。
球場で必ず話をするんだけど、
いつも『今度ゆっくりな』って。
あまり覚えていない。それだけ急だった」

<稲尾さんとの思い出は>
「(83年オフに)契約でもめたとき、
電話がかかってきたのが最初。
『稲尾だけど』って。
『どこの稲尾さん』って言ったら
『監督だよ。早く(契約の)判を押せ』って。
『それとこれとは別ですよ』と答えたかな」

<現役時代・ロッテでの監督だった>
「監督だけど兄貴分だった。
(86年に)4月から一番状態が悪いときにも
『何があっても4番は外さないぞ』と言ってくれた。
その年も三冠王をとれた。
監督と選手だったけど、稲尾さんとは酒を飲んだり、
ウチで女房の手料理を食ったりした。
ウチに飯を食いに来ても野球の話ばかりだった。
立場を離れて、朝まで酒を飲みながら野球の話をした」

<どんな教えを>
「投手とはこういう生き物で、
こういうことを考えているとか、
打者はどういう考えなんだって。
あれだけ勝ってきた人に打者にはわからない
投手心理をを教えてもらった。
それは今も私の中で財産として残っています」

<ときには采配を批判したことも。
しかし主砲の『越権』に耳を貸す度量があった>
「あそこはバントだろ! とかね。
稲尾さんは決まって最後にこう言ったな。
『オレが監督だ』ってね」

<いま自分が監督になったが>
「いい人というと変ですが、優しい人でした。
以前にもう少し早く(自分が)監督になっていたら、
投手コーチを頼むよって話したこともある。
実現はしなかったでしょうけど。
あんまり酒を飲むなよと言っていたんだけど。
強いからね、あの人。
70歳か、ちょっと早過ぎるよ。
野球をよく教えてくれた数少ない人だった。
もうちょっと、野球の話を聞きたかった。残念です。
また野球界から大きな星がひとつ消えました」
(中スポ、東京中日、中日新聞サンスポスポーツ報知12
時事通信毎日jpスポニチ名古屋名古屋ニッカン12


◆川上哲治委員長(正力賞選考委員会)
<4人の選考委員の満場一致で決定。
その選考理由を説明>
「独特の野球観を持って、
強いチームと心技体の充実した選手を作った。
正力(松太郎)さんはいつも
『勝負に私情をはさんではいかん』と
私によく言っておられたが、落合監督の
日本シリーズでもそういう一面があった。
勝敗に徹して、そういう強い信念が感じられた。
強い信念と選手をうまく使って
シリーズで成果を収めた功績は、
正力賞に値する立派なものだった」

<稲尾氏の死去に伴い、選考委員会は4人で開かれたが>
「稲尾君が(委員会に)見えられたとしても、
きっと落合君を推したと思う」
(中スポ、サンスポ時事通信12毎日jp

◆中西太委員(正力賞選考委員会)
<落合監督の手腕について>
「育成方法がしっかりしている」
サンスポ

◆杉下茂委員(正力賞選考委員会)
<落合監督の正力賞選出について>
「監督4年間で1、2、1位ときて
今季は2位からアジア一までたどりついたのは意義がある」
サンスポ


率直にうれしいです。日本のプロ野球発展に
大きな功績を残した
故・正力松太郎氏を記念して、
1977年に制定されたという
『正力松太郎賞』
これまでドラゴンズ関係では、
誰の受賞もなく、
日本一のチームの監督がもらえる賞という
認識だったのですが、
歴代の受賞者を見ると、
けっこう選手ももらっていたんですね。
それにしてもこの正力賞の賞金は、なんと500万円!
かなり権威のある賞なんだなと改めて知りました。

そしてその賞に今回、ドラゴンズとして、
初めて選出されたのが落合監督
史上最年少で三冠王を獲った25年前は、
幻に終わってしまったものの、
今回は日本一を導いたその手腕が評価され、晴れての受賞。
悲願達成とまではいわないものの、
実に感慨深いものとなったことと思います。
本当におめでとうございました!

しかしその受賞の知らせは、
悲報とともに舞い込んだようで。
野球人生の師と仰ぐ稲尾和久氏がこの日急逝
よりによってこんな晴れの日に、逝かれるとは…。
選考委員会の委員でもあった稲尾氏
この姿を見てもらいたかったでしょうし、
「もうちょっと、野球の話を聞きたかった」という
コメントにも、無念さを感じました。
それでも稲尾氏とともに語り合った数々の野球談義
今でも監督自身大きな財産となっているそうです。

栄誉ある賞を受賞したことで
落合野球結実したのかといえば、そうではないでしょうし、
まだまだやっていきたいことは、数多いと思われます。
ともに培ってきた野球観を糧として、
自ら率いるドラゴンズをさらなる強いチームにしていく。
それが同時に恩師への供養となっていくのでは。
さらに進化し、発展していくであろう
落合野球を、これからも楽しみにしていきたいと思います。


ナゴヤからの話題。(13日)

◇井端弘和
<この日の夜、北京五輪を目指す日本代表チームに合流。
宮崎市内の宿舎に到着すると、すっかり代表モードに。
4年ぶりに日本代表のユニホームを着るが>
「何年ぶりですかねえ。
アジア選手権以来? 4年ぶりですね。
日本代表のユニホームを着られるのは楽しみです」

<今季158試合にすべて出場。、
肩、手首、ひざ、と故障は体中にあるが>
「気持ちは(代表モードに)切り替わったけど、
体が切り替わってないですね。ついていけるかどうか。
あと3週間、とにかく頑張ります」。
中スポ名古屋ニッカン

◇岩瀬仁紀
<同じく代表チームに合流。表情を引き締め>
「勝つことが目標だからポジションにこだわりはない。
与えられたところで頑張ります」
名古屋ニッカン


◇笘篠1軍外野守備走塁コーチ(背番号『73』
<新コーチが若手中心のチームの秋季練習に合流。
各選手の守備練習、打撃練習を見守り、自らノックバットも。
目標に掲げたのは、若手外野手のレベルアップ>
「初めて練習を見るんですが、いい選手ばかりですね。
まずは顔と名前を一致させたい。
(FA宣言した福留)孝介がどうなるかわからないですが、
ポスト福留世代を育てなければいけない。
ファームのレベルを1軍に近づけないと優勝は難しい。
外野手みんなにチャンスがあると思う」
名古屋ニッカン

◇堂上剛裕
<来季5年目の若手外野手。。
来季外野のレギュラー争いはし烈を極めるが>
「レギュラーへの思い? もちろんあります」
名古屋ニッカン

◇藤井淳志
<アジアシリーズから移動日を
1日はさんだだけで、秋季練習に合流>
「疲れてるけどがんばります」
名古屋ニッカン

◇平田良介
<同じくフルメニューをこなしてグッタリ>
「ホント、疲れました」
サンスポ


◇辻2軍監督
<若手主体の秋季練習のテーマについて>
「技術より体力。
バットを振って、いっぱい(ノックを)捕って…。
頭でわかっていても実戦でできないのが
ファームの実態ですから」
名古屋ニッカン


岩瀬、川上、井端、荒木、森野の5選手が
五輪日本代表最終候補強化合宿が行われる宮崎入り。
体は疲れがありながらも、気持ちを代表モードへと切り替え、
きょう14日からは、練習に入るそうです。
くれぐれも無理せず、適度にやってください。


またドラゴンズ秋季練習
この日、ナゴヤ球場で本格的にスタート!
アジアシリーズに出場していた1軍若手
合流したことで、メニューもよりグレードアップ
午前10時から日が暮れた午後6時までの長時間。
投手陣はランニング中心のメニュー、
野手陣はノック、ティー打撃などに取り組んだもよう。
その中には、新任となる笘篠コーチの姿も、
福留FA宣言をしたことで、枠も空くことが予想され、
外野のレギュラー争いも新たな展開を迎えると思います。
できればこれからのためにも、若手を育ててほしい。
↑に出てきた若竜ぜひとも一人前に!と期待します。


今日の公示。(13日)

◆コミッショナー
【2007年度 フリーエージェント宣言選手】
▽中日 福留孝介外野手
▽阪神 下柳剛投手
▽広島 黒田博樹投手、新井貴浩内野手
▽東京ヤクルト 石井一久投手
▽千葉ロッテ 薮田安彦投手、小林雅英投手
▽東北楽天 福盛和男投手
▽西武 和田一浩外野手
NPB公式共同通信社


◆福留孝介
<FA宣言選手として公示されたこの日、
いつものようにナゴヤ球場に練習に現れ、
秋季練習組の外野ノックにも参加するなど、
行動はまるっきり中日の一員というスタイル。
今後もナゴヤ球場での練習は>
「(他の選手の)邪魔にならない程度に(続ける)」

<練習後は合宿所にこもり、午後7時ころまで事務仕事。
その内容は今オフの中日選手会ゴルフの準備>
「最後まで仕事はしないとね。参加? その方向です」

<一方で、国内球団との交渉は
弁護士の代理人を使うことを明かす。
2回目以降は代理人に任せることも示唆し>
「準備を進めてもらっている代理人の方がいる。
ボクが行くより任せた方が変な混乱にならなくていいかも」

<交渉解禁即交渉に応じる可能性も。
阪神、巨人の2球団との同日交渉については>
「時間的に無理じゃないかな。
時間的にうまくいけば、1つであれば可能性はあります」


<入籍から一夜明け、あらためて照れた表情>
「奥さんの誕生日だから。
前からその辺で(入籍しよう)と思ってた。
たまたま奥さんの誕生日が、その日(FA期限日)だっただけ。
期限が後から付いてきた」

<しかし渦中の真っただ中にいるだけに苦笑いを浮かべ>
「式の予定? 忙しくて、できない」
中スポスポーツ報知スポニチ名古屋


◇西川球団社長
<FA宣言した和田の獲得に
乗り出すかに関して未定を強調>
「現場の要望も聞かないといけない。まだ何も決まっていない」
スポニチ名古屋

◇落合監督
<FA宣言した福留について
ヒートアップする報道合戦に苦言を呈す>
「本人が決めること。周りが決めることじゃない。
あまり、あおるなよ」

<チームの来季戦力について>
「まだこれからだよ。
球団と話す時間なんてまったくなかったでしょ?
パレード、ドラフト、納会…。
その辺が終わってからじゃないかな。どうするか話し合うのは」
(東京中日、スポニチ名古屋


最後に『今日のコースケくん』のコーナー。
まだFA選手として公示したばかりということで、
『ドラゴンズ度』が比較的強いようです。
選手会副会長としての最後の仕事でもあり、
昇竜館にこもり、準備していたというゴルフコンペ
チームメートの別れの場となってしまうのでしょうか?




コメント

落合監督の正力賞受賞、嬉しいです。
ドラゴンズでは“初”ということで、少々意外に
思いましたが、監督も受賞に関しては嬉しそうでしたね。
ただ、稲尾さんのご不幸があったということで、
胸中は複雑な一日だったかもしれません……。

ナゴヤ球場での秋季練習、始まりましたね。
伸び盛りの若竜の頑張りに期待しましょう。
できれば、スタンドを開放して、見学できると
出張の楽しみも増えるのですが(笑)。

コメントありがとうございます!

>ドライチさん
「野球界の発展に尽力した」というのと、
人に選んでもらった賞ということで
そのあたりにうれしさを感じたのではないかと思います

秋季練習、今季は戦いが長かったので、
23日までと、日程的には短いですね。
ただ若竜は休んではいられない
しっかり取り組んでもらいましょう。
ただ今年は、スタンドを開放するのかは微妙。
2、3日限定でもいいですからお願いしたいです

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