おめでとう山本昌200勝、大いなる金字塔に到達!
2008年8月4日、ナゴヤドーム。
ついにこの瞬間が訪れることとなりました。
現役25年目、悲願達成に王手をかけていた
ドラゴンズのベテラン左腕・山本昌が、
この日の巨人戦に先発登板し、9回を4安打1失点で完投勝利。
プロ野球史上24人目となる通算200勝を達成しました!
◇セントラル・リーグ公式戦 中日-巨人 16回戦 (4日・ナゴヤドーム | 中日9勝7敗) | ||||||||||
38333人 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R |
巨 人 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 |
中 日 | 0 | 1 | 1 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | × | 5 |
[勝] 山本昌(14試合7勝3敗) [D本] デラロサ3号 井端4号 | ||||||||||
[Dバッテリー] 山本昌 - 谷繁 |
【ゲームレビュー】
山本昌が通算200勝
山本昌が、通算200勝を昨年4月以来の完投で飾った。
大記録達成にふさわしく、緩急をつけた丁寧な投球だった。
1回、小笠原の犠飛で先制を許し、2回は1死三塁のピンチ。
フルカウントから鶴岡がスクイズを空振りし、
三塁走者もタッチアウトとなって無失点で切り抜け、リズムをつかんだ。
打線は山本昌の粘りにこたえた。
3回に中村紀洋が勝ち越し打。5回に井端のソロ本塁打など
集中打で3点を奪い、試合を決めた。
(公式サイト、中スポ、共同通信社、ニッカン式スコア)
【イニング経過】
ドラゴンズ・山本昌、巨人・木佐貫の先発。
1回、鈴木尚広が左翼線に二塁打。
寺内二塁ゴロが進塁打となり、1死三塁から
小笠原が左翼に犠牲フライを打ち上げ、1点先取(0-1)
2回、谷の中前打、二岡犠打で1死二塁。
鶴岡の4球目に谷が三盗。1死三塁。
鶴岡がフルカウントから内角低めのスライダーを空振り。
スクイズ失敗、飛び出した三走・谷は三本間に挟まれタッチアウト。
2回ウラ、2死からデラロサが
真ん中低めのストレートを叩き中越えに同点ソロ(1-1)
3回ウラ、1死から井端左翼線二塁打、小池四球で
1死一、二塁から中村紀洋が真ん中低めのフォークを叩き、
左翼にタイムリーヒット。2-1と勝ち越す(2-1)
5回ウラ、先頭・井端が外よりのストレートを叩き、
左翼にソロ本塁打を放ち、木佐貫をKO(3-1)
代わった2番手・西村健太朗から小池が左翼線に二塁打。
中村紀洋の遊ゴロで三塁へ進むと、ウッズ四球で1死一、三塁。
和田が外角低目のスライダーを上手く払って右翼にタイムリー(4-1)
中村一生は遊ゴロに倒れたが、2死二、三塁でデラロサの打席の時、
西村健太朗がボークを犯し、三走・ウッズが生還(5-1)
6回、木村拓也、鈴木尚広、寺内といずれも遊ゴロに料理。
7回、小笠原を外へのストレートで空振り三振。
2死から谷に左前打を許すも、二岡をストレートで空振り三振。
8回、鶴岡の代打・大道を中堅フライ。
越智の代打・加治前を宝刀・スクリューで空振り三振。
木村拓也を二塁ゴロに打ち取り、いよいよあと1イニング。
8回ウラ、2死一、二塁で山本昌がそのまま打席へ。
投ゴロに倒れ、無安打に終わるも最終回のマウンドへ。
9回、鈴木尚広は投ゴロ。寺内の代打・高橋由伸は
中堅に落ちるヒットを放つも、小笠原は二塁ゴロ。
走者入れ替わって2死一塁。
最後はラミレスを外へのスクリューで右翼フライに打ち取り、試合終了。
127球を投げ、
4安打7奪三振1四球で1失点。
今季初、さらに史上最年長での完投で
今季7勝目を挙げた山本昌が
史上24人目となる通算200勝を達成!
駆け寄ってきたナインからは祝福の胴上げ。
さらにベンチに戻ると、
落合監督からは左手で後頭部をペチン!手荒な祝福を受けた。
中日球団創設9000試合目を迎えたこの日、
地元・ナゴヤドームで先発した山本昌。
初回に1点こそ失ったものの、
2回の1死三塁のピンチをスクイズ失敗で
併殺に凌いだあとは、リズムにも乗り、まさに安定。
130キロ後半のストレートに、スローカーブ、
さらに宝刀・スクリューにスライダーを織り交ぜ、
丁寧にコーナーを突く本来の投球に終始します。
そんな好投に応えるべく、味方打線も援護。
2回にデラロサが重いムードを振り払う同点弾を放つと、
3回には必ず打ちたいと語っていた中村紀洋が
三遊間を破る勝ち越しタイムリー。
さらに5回には、貴重な中押しとなった
井端の一発に、和田の技ありの一打。
「とにかく山本さんに勝ってもらいたい」
それを合い言葉に、チームが一丸となってつながり加えた3点。
リードが4点に広がった以降は、ドラゴンズペースとなり、
あとは偉業達成の瞬間を刻一刻と待つのみ。
そして今季最長イニングとなる8回を投げ終え、
最終回のマウンドにも上がった背番号34。
1球ストライクが決まるごとに、
スタンドからは地鳴りのような大歓声。
そんなムードのなか、高橋由伸にセンター前に落とされたり、
併殺が決まらなかったりと、すんなりこそいかなかったものの、
最後の打者・ラミレスをスクリューで打ち取ると、
帽子と赤いグラブを両手に掲げ、バンザイ。
そして立浪を先頭に駆け寄ってきたナイン全員と
マウンド付近でハイタッチを交わした後、
一、二塁間の位置に移動し、なんと胴上げを敢行!
照れながらも、4度宙に舞った大きな体。
チームメートも、ファンも待っていたまさに歓喜の瞬間。
大ベテランのその瞳には、思わず来るものもあったようです。
あらためて、山本昌投手、
いや、ここSTでは
『昌さん』と呼んでいるので
いつも通りに、
昌さん、通算200勝達成、
本当におめでとうございます!
ドラゴンズを応援して、
今年で22年目になりますが、
そこにはずっと昌さんの姿がありました。
88年のプロ初勝利から積み重ねること20年、
常にドラゴンズの先発ローテの一員として、
チームを支えてきた背番号34。
小松、今中、野口、川上というエースのカゲに隠れ、
地味ではあったものの、安定感はチーム随一。
時代が流れても、当たり前のようにドラゴンズにいて、
ナゴヤドームのマウンドに立っていた昌さん。
しかしそこには、徹底した身体のケア、
向上心に溢れた弛まぬ努力。そしてさまざま人との出会い。
そういうものが『山本昌』という投手を作り上げ、
そして積み重ねた200勝なんだなと感じました。
若いときの昌さんも素晴らしいものがありましたが、
自分的には「ベテラン」と呼ばれるようになってからの
昌さんにとても味を感じましたね。
いくら年齢がいっているとはいえ、若い者には負けない。
時には思わぬ若さが出てしまい、ムキになってKOされることもある。
それでいてベテランだぞと大きく出ないところも昌さんらしさ。
こういう人柄もまた、昌さんの魅力となっているんでしょうね。
06年には史上最年長で
ノーヒットノーランを達成し、200勝まであと9つ。
しかし昨季は、まさかの低迷となってしまい、わずか2勝。
このまま昌さんは終わってしまうのか。
これで引退となってしまうのか。正直かなり心配しましたが、
キャンプこそ2軍スタートした今季、きっちりと巻き返して、
故障明け以降は、チームの先発陣が揺らぐなか、
ここぞとばかりの安定感を見せ、200勝へ一気に王手。
そしてこの日、今季初めて完投しての偉業達成。
自分のここ数年の悲願であった
「ドラゴンズの日本一」と「昌さんの200勝達成」。
それがともに現実となって、本当にうれしかった。
そしてドラゴンズファン、昌さんファンであって、
本当によかったなと思えたゲームとなりました。
もみくちゃにされるのを見て、
胴上げを見て、そしてお立ち台。
しかしそこでの一言がまた昌さんらしいかなと。
『次もまたがんばって、2ケタ勝つように』
さすが昌さん、そうこなくっちゃ。
金字塔に到達こそしたものの、まだまだ通過点。
「2ケタ」という言葉で前を見据えたところがまず良いですし、
これからも昌さんの投球を見られるというのもまたうれしい。
ずっと目指してきた200勝を成し遂げ、
さらなる極みへと進んでいくであろう昌さん。
その投球が今後どうなっていくのか。
これからの背番号34も、さらに楽しみにしたいです。
最後に、やはりもう一度。
昌さん、200勝おめでとう。そして感動をありがとう。
次は201勝、202勝。そして2年ぶりの2ケタ勝利。
ぜひとも成し遂げてくれるよう、残りシーズンも頑張ってください。
そして自分らもそんな昌さんをしっかり応援していきます!
☆ウィナーズ・ボイス(4日)
◎山本昌
<4安打1失点完投で今季7勝目を挙げ、
42歳11カ月の史上最年長で史上24人目の通算200勝を達成>
「(優勝した時にも負けない地鳴りのような声援、いかがですか?)
いやあ、ほんとに、あのう、ありがたいですね。
もう、こんな、あのう、雰囲気で投げれるのは、
そういうそうそう、ないのでね、感激しました、はい。
(打線の援護もあって、何か山本さんのためにチーム一丸)
ええ、ほんとに、あのう、先制点取られましたけど、
えー、すぐに取り返してくれてね、えー、追加点取ってくれて、
えー、いい試合展開だったです。
(王手がかかった今夜のゲーム、
どんな思いでマウンドへ。緊張感は?)
ええ、あのう、まあもちろん緊張感はありましたけども、
こうやってね、たくさんのファンの方が見にしてくれて、
えー、期待に応えたいなと、もう今日はもうそれだけです、はい。
(最後、今日はまたより以上疲れる格好だったんですが、
何と4安打、通算77度目の完投です)
えーっ(笑)、なんか、なんかね、まだ、
あのう、でも、中盤からは、あのう、
ね、この点差なら完投しないといけないなとは思っていました、はい。
(今日は投げ抜こうと)
そうですね、はい。
(そして、全選手が、特に立浪さんが一番最初にやってきて、
胴上げされましたね。感触はいかが?)
いや、あのう、(自分の体が)重いんじゃないかなと思ってね。
恥ずかしかったんですけども(笑)。でも、気持ちよかったです、はい。
(この重いかもしれない大きな、そして頑丈な
体を生んでくださった両親の前で、いい親孝行ができました?)
ええ、そうですね。今日スタンドに来ていますんで、
はい、本当によかったです。
(一言いかがですか)
いやいや、あのう、ありがとうございました。
(今日決めてやろうという気持ちは?)
そうですね、あのう、まあ、投げる試合は全部、
もちろん勝ちたいと思ってやっていますけども、
でも、こんなに上手くいくとは思わなかったです、はい。
(初登板が3年目、初勝利は5年目。
こつこつ、こつこつ四半世紀をかけて、積み上げた200勝。
道のりの長さは振り返っていかがでしょう?)
いやあ、もう、あのう、
まだね、こう現役で投げている幸せというのをね、
えー、感じてますし、何かまだ、ちょっと実感がなくて、はい。
何か試合に勝った、あのう、うれしさみたいな感じで、
えー、ビックリしているというか、何かキョトンとしてますけどね、はい。
(いろんな方にお礼の言葉を言いたいのだと思うんですけど、
おそらく天国から高木さん、アイクさん、見ていたと思いますよ)
そうですね、あのう、ね、今日はきっと
地上に来てたんじゃないかなと思います、はい。
(何か力をくれた、そんな感じがあったんですか?)
ええ、あのう、今日は、あのう、ちゃんとお参りしてきましたんで、
きっと力をくれたんだと思います。
(1勝目とノーヒットノーラン、
それくらいしかウイニングボールは持っていないそうですが、
この200勝のボールはどうしましょう?)
うーん、これは持っておかないといけないですけど、
えー、ありますかね? さっきの騒ぎでちょっと…。
あ、あるそうです。大丈夫です、取っておきます、はい。
(この200という数字。ドラゴンズでは
あの杉下茂さん以来半世紀ぶりの記録です。いかがでしょう?)
いや、あのう、すごいなあという風に思いますしね。
あのう、よくぞ自分がここまで来れたかなという、
そういう風に思いますんで、えー、まあ、
よくがんばったなというのはありますね、はい。
(一番苦しかったこと、そして一番うれしかったこと、
今思い出すこと教えて下さい)
いやあ、あのう、いっぱいありますけども、
でもほんとに今日は、あのう、うれしいです、はい。
(それでは観客のみなさまに一言お願いします)
ええ、あのう、ほんとに、あのう、
次もまたがんばって、2ケタ勝つように。
えー、今日のこの勝ちはね、まあ、今日で終わりにして、
次また勝ちたいと思います。また、応援してください」
<試合後の記者会見で喜びを語る。
以下一問一答、うっすらと涙が>
「恥ずかしいんで泣かないようにしてきたけど、
胴上げのときはウルッと来た」
<誰に報告したい>
「アイク(生原)さん、(スカウトの)高木(時夫)さん
(いずれも故人)に早く報告したい。
野球の基本を教えてもらい、常に頭に置いてやってきた。
これまで助けてくれた皆さんに報告したいけど、
やっぱりアイクさんかな。早く墓前に報告したい」
<史上24人目という快挙に>
「大した素質もなく入ってきたぼくを、周りの方々のご指導で
よくここまでのピッチャーにしていただいたと思う。
できないかもしれないと思ったときもあったが、よくここまで来られたなと思う」
<努力のたまものであるのでは>
「野球に対してはうそをつかない。そう思ってやってきた。
サボったら成績に跳ね返ってくるんだと」
<努力する上で意識したことは>
「常に進化していこうという気持ち。
年々レベルは上がっているし、それに対応するために
新しいことをしたり、上手な調整を考えたことでは」
<天賦の才には恵まれなかったが、
たゆまぬ努力と出会いが偉業を生んだ>
「今中がいて、野口がいて、川上がいた。
自分は軸じゃなかったけど、
奇跡が奇跡を呼んでこういう成績になった」
<投球の自己採点は>
「ゲーム展開から1人で投げきろうと6、7回くらいから思った」
<最年長完投に>
「そうなの? 両親に強い体としつこい性格をもらったのが一番。
携わってくれた方々のおかげだと思う」
<今後の目標は>
「個人的には2ケタ勝つこと。今季は絶対2ケタ勝ちたい。
それと(未勝利の日本)シリーズで勝ちたい」
<王手一発で決めようという意識は>
「舞台が整っていたといったら変だけど、
新聞を見て球団創設9000試合と知り、節目の試合で、
巨人戦で、ナゴヤドーム。ぜひここでいきたいなという意識はあった」
<ここまで長かったか>
「去年のことを思うと、やっぱり…。
でもやっちゃえば『何だ』という感じ」
<無理かも、と思ったことは>
「去年、調整に失敗した時は、苦労したし、
長らく勝てないときは、このまま駄目なら
『仕方ないかな』と思っている時もあった。
でも、今この場で話せているのでよかった」
<落合監督は引退の時期は任せると>
「まだ何も考えていないが、文句のない成績を残して、
堂々と(現役)続行宣言できたらいいなと思う」
(公式サイト、中スポ独占手記、中日新聞、
サンスポ1、2、3、スポーツ報知、時事通信1、2、3、朝日新聞、
毎日jp、スポニチ名古屋、ニッカン、名タイ、デイリー)
『周囲のみんなに支えてもらって
ここまできたボクの野球人生の象徴のようなゲームでした。
まるで優勝決定のようなスタンドの雰囲気にも助けてもらい、
無事200勝に達することができました。
チームメートに胴上げまでしてもらったのはやめろってことかな(笑)。
冗談はさておき、本当にありがとうございました。
場内一周で、巨人ファンの方にも祝福していただき、喜びもひとしおです。
明日、明後日ぐらいまではこの騒ぎも続くと思いますが、
それからはすぐ次の登板に気持ちを切り替えて頑張ります。』
(山本昌公式ホームページより引用、
エッセイ『路傍の一球』第146話 ただただ感謝)
○トマス・デラロサ
<2回にバックスクリーン左に同点の3号本塁打を放つ>
「ホームランは神様が与えてくれた。
尊敬を持って接している山本さんの素晴らしい試合を見られてうれしい」
(東京中日、ニッカン)
○井端弘和
<1点リードの5回、左翼席に4号ソロ>
「山本さんとは縁があります。
(06年9月の)ノーヒットノーランのときも打てたから、
きょうも打てるかなという感じがしたんです」
<入団した98年、山本昌はすでに投手陣の柱。当時を振り返って>
「同じ神奈川県出身で、入る前からスーパースター。
迷惑をかけずに守ろうと思った」
<今や日本を代表する守備も山本昌の投球に学んだという>
「投げる前からここに(打球が)きそうだなと教えてくれたピッチャーです」
(東京中日、毎日jp)
○谷繁元信
<『8番・捕手』でスタメン出場。
前日の7回の守備で走者鈴木尚広の本塁突入をブロックした際に
負傷退場も、この日は左手にサポーターを巻いてのフリー打撃。
痛みを感じさせない力強いスイングで快音を響かせ>
「大丈夫、大丈夫」
(ニッカン)
【竜戦士・山本昌200勝お祝いコメント】
◇立浪和義
「ボクにとってもうれしいことです。
最後は思わずマウンドに行ってしまいました。
ずっと一緒にやってきた先輩ですからね。
それほどうれしかった。去年も苦しんでいましたしね。
それに200勝というのは現在の野球では難しい。
重みがあることなんです。本当によかった。
巨人相手にナゴヤドームという最高の舞台で達成できたのは、
頑張ってきたご褒美でしょう」
(中スポ、サンスポ、名タイ)
◇井上一樹
「43歳にしてあれほど緊張感を隠しきれず、
人目をはばかって喜んだり、悩んだりする人はいないと思う。
ある意味、本当にピュアな人です。
いまも昔もピッチングスタイルは変わっていない。
素晴らしい200勝だと思います」
(中スポ)
◇谷繁元信
「横浜時代から対戦していましたが、
中日では一緒にやってきた投手。すごい投手だと思います。
きょうの投球は普段通り。
回を追うごとにボールが良くなっていた。
あの年にして本当にすごいです」
(中スポ、サンスポ、名タイ)
◇中村紀洋
「記念の日にタイムリーを打てて良かった。
去年は苦しまれていたし、野手はみんな援護したい気持ちが強かった。
今年中に絶対達成してほしいと思っていました。
でもこれで終わりじゃないですからね。これからも後押ししていきたい」
(サンスポ、名タイ)
◇和田一浩
「リーチがかかっての試合だし、
余計に点を取らないといけないという気持ちはあった。
僕が子どものころにスタンドから応援していた投手。
それだけ長くやられているのだからすごいです。
山本さんは打たれても抑えても普通にしている。
プロフェッショナルだなと思う」
(サンスポ、名タイ)
◇井端弘和
「山本さんには守りのイロハを教えてもらった。
制球がいいから、こういう球種だとこういう球が来ると教えてもらった」
(サンスポ、名タイ)
◇森野将彦
「同じ神奈川県出身ということもあって、
僕が入団したときに最初にあいさつしたのが山本さんでした。
同県人としてかわいがってくれて本当に感謝しています。
200勝はぼくにとってもすごくうれしいです。
その瞬間にいられなかったのが残念だし、試合で打てないのが寂しいです。
山本さんのようなすごい人と、
一緒にプレーできることがぼくにとっての自慢です」
(中スポ)
◇川上憲伸
「一番良かった時期のあと、苦しいときも見てきたので
自分のことのようにうれしいです」
(中スポ<ドラ番記者>)
◇岩瀬仁紀
「最後はボクが投げたかったなあ。
ずっとそうしたいって思っていましたからね。
ボクにとって山本さんは特別な人なんです。
プロ入り前に知人の紹介で鳥取のスポーツジムに行ったんですが、
そのときいたのが山本さん。
トレーニング方法を含めてプロのイロハを教わった。
だからこの200勝は本当にうれしいです。おめでとうございます」
(中スポ)
◇森バッテリーチーフコーチ
<プロ入り後の最速が143キロという直球が
山本昌を息の長い野球選手にしたと見解>
「球が遅かったことがすべてだと思う。
昔から速球派だった投手が技巧派に転身するのは
やろうと思っても実際はできないんだ。
ただマサの場合は最初から球が遅いことでどうするかを考え、
制球力を磨いて打ち取る投球を覚えたことが今をつくった」
(名タイ)
◇落合監督
<200勝投手へのオレ流の祝福。
9回まで起用したことについて、
昨年の日本シリーズ第5戦のことを引き合いに出し>
「個人記録だから代えられません!
日本シリーズとは違います。
日本シリーズはチームの記録。きょうのは本人の記録です」
<若かりしころの山本昌を、しみじみと語る>
「今ユニホームを着ている中で、
オレとウーやん(宇野コーチ)くらいか。
あいつ(山本昌)の初勝利から知っているのは。
体のでかい、球の走らないピッチャーだった。
(初勝利からの)いきさつも知っているしな。
アメリカで野球やってたかもしれない。
まあ、日本にいても役に立てないかもしれないのを
(米国に)5人くらい残したんだ。
帰ってくれば整理対象だったはず。そう聞いている」
<恩人は>
「それをここまでにしたのはアイク生原だ。
あの人がいなかったら、今の山本昌はない。
もちろん本人の節制と努力もあるだろうが、
マサを再生したのはアイク。
ルーキーリーグのオールスターに出て、向こうのチームがとりにきた。
そこから呼んで、日本で使ったんだ」
<スクリューボールについて>
「そのころのドジャースにはバレンズエラがいたから。
スクリューであそこまで勝ったピッチャーだろ。
体の大きいのが、何か覚えればと。
真っすぐのスピードは今と変わらないもん。
腕の高さはもっと上からきてただろうけど、
当時はスクリューなんてお目にかかれない。
134、5キロが打者には140、50に見えたんだろ。
まあ(自分は)その生き証人みたいなもんだ。
本当はクビ(寸前)だったんだから、大したもの。
人間どこで運が開けるか。わからないっていう見本だろ」
<さらなる活躍に期待して>
「だからといって、これで安心してもらっちゃ困る。
目標は200じゃない。どうやって野球人生を終えるか。
200勝が墓場にならないようにな。
最終的には本人の決断だ。
本人が『やる』って言えば、この成績だから来年もいるだろうし、
『やめる』っていえば(それはそれで)本人が決めること。
この世界はユニホームを脱ごうと思って脱げる選手と、
脱がされる選手がいるが、彼は自分で脱げる選手。
やるって言うのなら、この先いくつ積み上げていくかだ。
あえて言う。ユニホームを着ている間はな。
重たい荷物を降ろしたから、
今まで以上に枯れたピッチングをしてくれるだろ。期待しましょう」
(中スポ、スポーツ報知、共同通信社、時事通信、毎日jp)
【山本昌200勝お祝いコメント・その2】
◆山﨑武司(東北楽天)
<中日時代から山本昌と親交が深い。
3歳年上の先輩の偉業をたたえて>
「試合が終わっておめでとうとメールしといたよ。
オレもマサ(山本昌)さんも挫折との戦いだったけど、
見事に乗り越えてローテ守って…。強い人だよね。
去年2勝しかできんかったときは、ヘコんでたな。
『今年ダメならもう200勝できん』って言ってた。
でも、オレは今年の交流戦で対戦したとき、
この球ならできると確信した。
また一緒に来年もプレーできたらいいね。
よく食うし、よく飲むけど、先発前の自己管理は徹底している。
その辺のメリハリがつけられる人。
2人で飯食って静かに分かち合いたいね」
(中スポ、共同通信社、スポニチ)
◆中村武志バッテリーコーチ(横浜)
<山本昌より1年遅く捕手として中日に入団。
バッテリーを組んで、苦楽をともに>
「今は本人が一番ほっとしているんじゃないかな。
1試合1試合の積み重ねで達成した粘りのある200勝。
地元名古屋のファンの前で達成できて、しかも相手が巨人。
僕と山本さんは名古屋の巨人戦で育てられた2人なので
何か特別な星の下に生まれたような運を感じます。
この200勝で安心せず、さらに球界を盛り上げてほしいです」
(中スポ、サンスポ、時事通信、毎日jp)
◆渡辺監督(埼玉西武)
<山本昌とプロ同期>
「オフによくゴルフをしに行く仲。
『やったね、昌』という感じ。同期の誇りです。
この2、3年は、勝てずに苦しんでいただけに苦労が報われてうれしい」
(サンスポ、時事通信、毎日jp)
◆小宮山悟(千葉ロッテ)
<同じ1965年生まれの現役>
「おめでとう。200勝に近づいてから
相当苦しい時期もあったかと思う。
それを乗り越えての達成だけに、喜びもひとしおだと思うし、
自分のことのようにうれしいです」
(サンスポ、時事通信、毎日jp、スポニチ)
◆工藤公康(横浜)
「いままでつらいことや苦しいことが
あっただろうけど、報われた1勝だと思う。
『今日は今日で、2けた勝利を目指す』という
インタビューの最後の一言がチームを第一に考える
(山本)昌投手らしく印象的だった。
また一緒に投げ合う日が来るのを楽しみに、オレも頑張ります」
(サンスポ、時事通信、毎日jp)
◆江藤智(埼玉西武)
<山本昌から最多の18本塁打、33打点>
「自分のことのようにうれしいです。
巨人には強いのでやってくれると思っていました。
体が強いし、並々ならぬ努力があったから、
金字塔を打ち立てられたんだと思います」
(ニッカン)
◆金本知憲(阪神)
「あのフォームだし、あのガタイだから威圧感もあった。
慣れるのに苦労したよ。
スクリューは最初の頃は投げてなかった。
真っすぐ、カーブ、スライダーだけ。
ある年に中村武志さん(現・横浜バッテリーコーチ)と食事したとき、
『本人はぶつけるのが嫌だからと言ってたけど、
左打者にもスクリューを使おう。
そうしないと抑えられないと言った』という話を聞いた。
それでオレと松井(秀喜・ヤンキース)のときに
使うようになって、勝ちだしたと思う」
(スポニチ、デイリー)
◆岡田監督(阪神)
「何回も対戦してるからなあ。今中と左2人でなあ。
アメリカ(留学)から帰ってきて変わった。
セットを胸の前でするのははじめやろう。
あれでボールが速くなるいうてな。
スクリューボールいうよりスライダーがよかったなあ」
(デイリー)
◆野村監督(東北楽天)
「大したものだ。彼こそタフガイ。
巨人相手じゃ、それこそすごい。
体調管理もちゃんとやっているのでしょう。
やっぱり投手は制球力ですよ」
(サンスポ)
◆原監督(巨人)
<山本昌に完敗し、200勝目を献上>
「2回は何とか2点目を取ろうと、
積極的に動いたが、裏目に出てしまった。
今日は昌だね。彼は野球人としても人間としても
非常に立派だし。偉大な投手だね。
見事なピッチングをされました」
(巨人公式、東京中日、サンスポ、時事通信)
◆今中慎二 氏
<90年代に山本昌との二枚看板で活躍>
「打者一人一人、丁寧に投げる。走者を出しても粘る。
投手として当たり前のことだが、なかなかできるもんじゃない。
でも、どんなときでも、それができたのが山本さんだった。
投げること、抑えることへの執着心には、いつも感心させられた。
このスタイルは今も変わっていないと思う。
200勝で終わりじゃない。1年でも長く投げてほしいですね」
(中スポ)
◆小松辰雄 氏
<背番号34の先輩>
「入団してきたころは正直、何年持つかな…と思ったけど、
米国留学を機に大変身。逆にこちらが、人間って、
ちょっとしたキッカケで、こう変わるもんだと教えてもらった。
コーチ時代も、パイプ役として随分、助けてもらった。
まさか、成績で抜かれるとは思わなかったけど、
200勝だからね。大したもんだ」
(中スポ)
◆高木守道 氏
<ドラゴンズOB会長。元ドラゴンズ監督>
「マサが入団したとき、私は2軍監督。
体は細かったが、タフだった。
その丈夫さが、200勝につながったんだろうね。
1軍の監督時代も、今中とともに
左のエースとして良く投げてくれた。
まだ余力がありそうだし、
これからもまだまだ頑張ってもらいたいね」
(中スポ)
◆杉下茂 氏
<中日で200勝達成>
「僕以外に中日から200勝投手が出ていなかった。
200勝するような投手は中日ではおまえで終わりだから、
一日も早くと4年くらい前からはっぱをかけていた。
こんなにうれしいことはない。
私は33歳で引退したが、42歳まで、
しかも第一線で投げているのはすごいことだ。
25年というのは考えられない。
体を鍛え普段の努力のたまものだと思う。
元気に若い選手に負けずに練習している姿には頭が下がる。
マサ(山本昌)だったらまだまだ相当できると思う。おめでとう 」
(サンスポ、朝日新聞、スポニチ)
◆武豊
<山本昌と親交のある騎手>
「(39歳の)ボクより年上のスポーツ選手が少なくなったし、
マサさんといる時は後輩の居心地の良さを味わってます。
『200勝達成の時は応援に行きます』と約束したんですが、
お祝いの電話をします」
(スポニチ)
◆祖父江店長(「ラジコン天国名古屋店」)
<山本昌が趣味で通う名古屋市のラジコン店長。
同じ40代の快挙を喜び>
「勇気をもらえる」
<普段ならシーズン中も週1回は来店していたのに、
この3カ月間は姿を見せていない。それを『決意』ととらえ>
「仲間でラジコンカーの記念大会を開きたい。
思う存分楽しんでほしい。来店を今から心待ちにしている」
(中日新聞)
◆小山裕史 氏
<山本昌が毎年オフに通う鳥取のスポーツジム
『ワールドウィング』で代表を務める。
山本昌の200勝を支えた要素の一つについて振り返り>
「野球をやっていて知っている、と思っていて
知らなかったことの多さ、それに出会ったこと。
マサくんが最高の友であるがゆえに、
ここまでご一緒させていただきました」
(中スポ)
◆山本秀明 さん
<山本昌の弟、日大藤沢高野球部監督>
「入団当初から見ていますが、
とても200勝するとは思いませんでした。
勝てない時期から、こんなにパッと立ち直るとは。
自分の兄ながらすごいと思います」
<時には兄と技術論も交わすが、
その姿勢に人並み以上の努力を感じるという>
「プロ野球選手に知り合いはいますが、
たいてい感覚で、例えば擬音を使って話してきます。
でも兄は、理屈でものをいいます。
ワールドウィングで学んだのかもしれません。
可動域とか、腕、股関節をこう使わないといけないとか、
誰にでも通じるアドバイスをしてくれます」
(中スポ、朝日新聞)
◆山本巧 さん
<山本昌の父親、スタンドで見守り200勝達成を祝福。
息子の晴れ姿にと感激の面持ち>
「本当によく頑張ってくれた。
完投で勝ってくれたのが本当にうれしい。
去年の調子だとだめだと思い、今年も3つ勝って
また2カ月勝てなくて、だめかと。
この日が来たことが本当にうれしい。
今までお世話になった人に感謝しています。
いい指導者にめぐまれたこと。
体が丈夫だったこと。そして運が強かったからできたんでしょう。
誰も入団した時に200勝するなんて思っていなかった。奇跡中の奇跡だよ。
今まで支えてくれたみなさんにお礼を言いたい」
(中スポ、サンスポ、時事通信、スポニチ、ニッカン)
◆山本幸子 さん
<山本昌の母親、記録達成を感慨深そう>
「ここまで来られると思っていなかった」
<プロ入りから25年間、登板日には
必ず幸運を呼ぶという四つ葉のクローバーを摘んできた。
この日も神奈川の実家を出発する前に探したが
見つからず。それでも記録を達成>
「199勝の時も見つからなかったから」
(サンスポ、時事通信、ニッカン)
◆星野仙一 氏(北京五輪日本代表監督)
<元中日監督、合宿先の宿舎で
本人からの報告を電話で受け、喜びもひとしお>
「おめでとう。ホンマにようやったな。
でもこれで終わりじゃない。これからが大事や。
(今季は)2ケタ勝たなあかん。けがには注意して頑張れよ」
<電話を切った後>
「こっちが泣きそうになる。これが師弟関係なんや。
こういうのがうれしいんや」
<鉄拳でしごいた弟子の快挙に感慨深げ>
「若い選手に『オレはこんなことで監督に殴られた』と
話しているのを聞いてうれしかった。
殴られたことが自慢なんやね。そんな関係って、そうはないやろ」
<試合後すぐに報告してきてくれたまな弟子に笑みが広がり>
「大したもんだ。マサの一番いいところは体が丈夫なところ。
丈夫だから200勝できたんだな。
第一印象で残ってるのは浜松のブルペン。ボールが遅くてね。
投げ込みをやらせた時、30球ぐらい投げたところで
私は『全力で投げんか!』と言ったんだよ。
するとマサの返事は『これが全力です…』。
防音の影響もあってか、まったくミットの音が響かない。
なんだこのピッチャーは? と思った。
そのころ、マサは整理(解雇)対象選手に片足を突っ込んでいたが、
私が『体がでかいから(チームに)残せ』と言ったことを覚えとるよ。
そのマサが200勝だもん。
みんな成長してオレの給料をスイスイ抜いてきやがって(笑)。
アイクとの出会いがよかったんだな。
88年にベロビーチ(キャンプ)に行った時、
アイクに『残していく』と言ったんだよ。
何とか知られないようにしたんだけど、最後は知られてな。
マサが泣くんだよ、私の前で。
私たちが日本に帰る時に
空港に見送りに来た時にもワンワン泣いていたな。
いまの奥さんと付き合い始めたころだったのかな。
心細かったんだろうな。でもあの時があるから今がある。
アイクからはいい報告が来た。
1Aのオールスターに選ばれたという連絡に続いて、
メジャーからオファーが来たという。
私は『行かせたらいいじゃないですか』と言った。
中山球団社長(当時)が『日本に帰したい』と言うんで従ったが、
その通りにしていたら野茂より前にメジャーリーガーになっていた。
日本に帰ってきた彼は、見違えるようなボールを
投げるようになっていたので驚いた。
球がベルトの上に絶対いかない別の投手に変わってた。
そこから日本で5勝したんだ。アイクの指導のおかげだよ。
人ってのは出会いによって人生が変わるもんだ。
マサは今、42歳か。自分が(88年に)優勝した年齢じゃないか。
その年齢で現役として投げているのだから、すごい。
しかも、ローテをきっちり守ってる。
チームに迷惑はかけちゃいかんが、やれるまでやったらいい。
現役が神様なんだから、この世界は」
(中スポ、サンスポ、スポーツ報知、時事通信、朝日新聞、ニッカン、デイリー)
記録備忘録。(4日)
山本昌が巨人16回戦(ナゴド)で
今季7勝目を挙げ、通算200勝をマーク。
プロ野球24人目。初勝利は1988年8月30日、
広島18回戦(ナゴヤ球場)での救援勝利。
中日選手では1957年の杉下茂以来51年ぶり2人目で、
いずれも生え抜きでの到達。
42歳11カ月での達成は04年工藤公康(巨人・現横浜)の
41歳3カ月を更新する最年長記録。
実働23年目は工藤と並ぶスロー到達のタイ記録だが、
山本昌は入団1、2年目の1軍登板がない
『プロ入り25年目』で、こちらは最も遅い。
また今季初の完投勝利は、若林忠志(毎日)が
1950年11月12日の近鉄戦で完封でマークした
42歳8カ月を更新する史上最年長記録となった。
年間20勝を未経験で200勝は、工藤に続く2人目。
(共同通信社、時事通信、スポニチ名古屋、
☆200勝の詳細→山本昌公式ホームページ)
ご無沙汰しています。
試合は見られませんでしたが、プロ野球ニュースなどで確認しました。
去年の様子なら199で辞めることになるかとも思っていましたが、
本当にめでたい!
まだまだ頑張って欲しいですね。
投稿: コロンビー | 2008年8月 5日 (火) 09時41分
大偉業達成の瞬間は、なんとしても
マウンドに居て欲しいと願っていたので
物凄く嬉しかったです。心底から感動しました。
胴上げでのカメラワークは、正面からでは
ありませんでしたが、大きな背中が震えて
いるように映りました。涙を拭っての爽やかな
お立ち台は、昌投手らしくて清々しかったです!
投稿: ドライチ | 2008年8月 5日 (火) 09時57分
一夜明けてもドラブロガーのみなさんの記事を読むたびに感動のシーンが浮かんで涙がでそうになります。完投して欲しいとは思っていましたが本当にそうなるなんてとても嬉しかったです。
インタビューの受け答えは昌さんらしくてとても良かったですね。
今シーズンは二桁勝って、日本シリーズでも勝利投手になってもらいたいです。
投稿: gachao | 2008年8月 5日 (火) 10時22分
Toshikichiさん、おはようございます
ついに、ついにやりましたね~!
見事ナゴドで、巨人戦で、完投で
達成してくれました
昨日逃すと、しばらく地元での登板が
無かったと思うので・・本当に良かったです!
昌さんの人柄もあって、続々集まるお祝いコメント・・
Toshikichiさんも、追記に大忙しでしょうね!
投稿: でら☆ロサ子 | 2008年8月 5日 (火) 10時28分
セパ琢磨あらため(って言うか初心に戻って)伊トケンです
いま高校野球みていてブラジル人留学生のサヨナラHRで涙ながしてしまいました
昨夜の昌さんの完投200勝も泣けましたね
あと昌さんには日本シリーズでの白星も勝ち取ってもらわないと
投稿: 伊トケン | 2008年8月 5日 (火) 11時07分
やりましたね!!
ドラゴンズを応援して30年。(苦笑)
昌さんは下の名前が漢字違いではありますが、同じだったり
する縁で、ずっと応援してました。
昨日はゲームが見られなかったんですが、ニュースを
梯子しまくり、その度に涙ぐんでいました。。。
去年の日本一といい、昌さんの200勝といい、長いこと
ファンをやってると良いこともあるもんですね。
次は、昌さんの「日本シリーズ勝ち投手」をぜひとも
観たいです!!
投稿: HIRO | 2008年8月 5日 (火) 12時25分
昨日はホントうれしかったです。
最初はKY選手がいてドキドキでしたが、
予想GUYのデラロサが頑張ってくれました。
そして、ノリべん、井端は頼りになりますね。
これを弾みにしてチームも再浮上してほしいです。
昌の去年の苦しみよりも今の苦しみの方が
楽なはずですからね。
今年の日本一の胴上げは昌でしょう!
投稿: ギンタロウ | 2008年8月 5日 (火) 13時04分
ししょー、こんにちは(^^)
昌ちゃん、頑張りまちたね!
野手&監督&身内の方も「ホッ…」としたでしょう(^^)
我々、ドラファンもでしゅが。
これからも大きな身体で頑張ってほしいでふね!
それにしても胴上げ、重そうでちた(>ε<)
中里あっちゃんが真ん中にいたみたいなので、
右肩をまた痛めるのではないかと心配しちゃいまちた(笑)
浅尾王子も潰れなくてよかった(^^)ハハハ~
投稿: たつなみこ | 2008年8月 5日 (火) 13時50分
やっとこの日が来ましたね
見ていて安心の投球でしたし
ある意味200勝は通過点ですが
本当に良かったと思います。
マウンド上の胴上げとかも
昌さん本人の人柄が現れていて
ちょっともらい泣きしそうでしした
今度は杉下さん抜きでドラ投手陣で
一番勝った投手になってほしいです。
P.S.
師匠の方は大丈夫ですか←これ
朝から凄くてPCを切ったり点けたり・・・・。
大変です
投稿: dai | 2008年8月 5日 (火) 16時56分
余韻に浸りにやってまいりました。
ご無沙汰しております。
昨日は前日に思い立って、チケットをゲット。生観戦に行ってまいりました。
いやーまだ夢からさめやらずです。
投稿: なす | 2008年8月 5日 (火) 20時51分
今朝はトーチュウを読みながら会社に向かって歩いていて、赤信号を渡りそうになりました(爆
師匠のおまとめが大変ありがたいでございます。
いったい何紙買ってるんですか?
「野球にはうそはつかない」っていう言葉、息子がもう少し大きくなったら(そしてまだ野球を続けていたら)教えてあげようと思います。
投稿: doraco | 2008年8月 5日 (火) 22時21分
みなさんコメントありがとうございます!
昌さん、ついに悲願達成
まさに感動の一戦となって、本当にうれしかったです
>コロンビーさん
やはり昨季2勝しかできなかったのが、
昌さんをさらに成長させたのでしょうね。
一気に4連勝での偉業達成、本当に見事でした。
とりあえずは、夏場にもう少し稼いでもらい2ケタ期待します。
>ドライチさん
昌さん、完投すると思いませんでしたが、
あの場面にマウンドにいたのは画になりましたね
歓喜の輪から胴上げへの流れは感動ものでした。
昌さんやっぱりウルッと来ていたようですね。
自分なら大泣きだったかもしれません。
>gachaoさん
ほんと良いゲームになってよかったです。
岩瀬投手がいたらどうだったかなと思いますが、
昨夜の昌さんの調子ならそのまま行ったでしょうね
お立ち台は昌さんらしさが出ていましたね。
2ケタ目指して、次回以降も好投を期待します
>でら☆ロサ子さん
ほんと待ちに待った悲願達成でしたね。
これ以上ないというぐらいのシチュエーション。
昌さんだけでなく、チーム全体で
今夜決めてやるというムードを感じました。
お祝いコメント、多かったですねえ。
集めるのはタイヘンでしたが、ある意味うれしい悲鳴でした
>伊トケンさん
懐かしいハンドルネーム。04年を思い出しましたよ。
今後ともよろしくお願いします
ところでブラジル人留学生のサヨナラHR、
本庄第一高の奥田選手ですね。
自分の地元である北埼玉代表ですし、注目していますよ
>HIROさん
昌さん、やってくれましたね!
立浪選手とともにここ20年のドラゴンズを
ずっと支えてきた中心選手
その大ベテランがついに成し遂げた200勝。
自分も見ていて、とてもうれしかったです。
まずは2ケタ成し遂げて、現役続行宣言。
そして夢のシリーズ勝ち投手、これを楽しみにしていきます
投稿: Toshikichi | 2008年8月 5日 (火) 22時55分
みなさんコメントありがとうございます!
>ギンタロウさん
KY選手、いらっしゃいましたね
初回と最終回はちょっと困りましたが、
それを凌駕した昌さん、よく投げてくれました。
それにしても、野手陣も頑張りましたね。
バットもそうでしたが、守りの面でも援護してくれたと思います。
この勝利、ぜひとも弾みにするためにも、
明日からの東京ヤクルト戦、しっかり叩いてもらいましょう。
>たつなみこさま
チーム的にも悲願達成で、一安心といったところ。
ただこれで気を緩めることなく、
厳しい夏場の戦い、乗り切ってもらいたいです。
昌さんの胴上げ、ほんと重そうでしたね。
中里投手、真ん中入っちゃいましたか?
自分はネルソン君ばかりが目についてしまいましたが…。
>daiさん
いざその瞬間が来たらどうなるだろうと
何度も考えたことがありましたが、
いざ来てみると、やはりうれしいものでした
まさか完投するとは思いませんでしたが、
そうなったことでさらに感動しました。
ナインみんなの祝福もよかったですよね。
2ケタも良いですが杉下氏越え、それも良いかも。
ドラゴンズナンバーワン投手を目指してほしいです。
PS 凄かったですよお。
自分の地域は、朝5時半ごろ2度停電しました。
こんな大事な日なのに、困りものでしたよ。
>なすさん
ナゴド生観戦おつかれさまでした。
歴史の証人になられたようで、とーってもうらやましいです
関東でのゲームならば馳せ参じたいところでしたが、
こういうのは、やはり地元で決めるのが一番。
ほんと感動的な勝利となって、よかったです。
今後も昌さんの勇姿、さらに応援していきましょう
>doracoさん
ダメッスよ、しっかり前を見て歩かないと
ただこんな祝い日めったにないですし、OKです。
今朝はのなか、コンビニで朝刊スポーツ6紙すべて買いました。
サンスポが1面に持ってきていたのが意外でしたね。
ただ報知とデイリーはいらなかったかもしれません。
「野球にはうそはつかない」良い言葉ですよね。
他のことでも結びつくと思いますし、
竜ちゃんに必ず教えてあげて下さいね。
(ただ自分が言うとウソっぽくなるので言いません)
投稿: Toshikichi | 2008年8月 5日 (火) 23時03分